5年前の熊本地震では、マンションでも全壊や半壊といった被害が相次ぎました。特に被害が大きくなる傾向にあるのが旧耐震のマンションです。1981年以前の古い耐震基準で建設されたマンションは全国に100万戸以上あり、建設から40年以上がたつ中、「耐震改修」だけではなく、「老朽化対策」も進めなければならないことが大きな課題となっています。

5年前の熊本地震では、全壊や半壊の被害を受けた分譲マンションは熊本市で200棟以上に上りました。

熊本市が、被害を受けたマンションの一部に行ったアンケート調査では、旧耐震のマンションの半数近くが全壊や半壊の被害を受けていて、新耐震に比べて割合が大きくなっています。

国土交通省によりますと、1981年以前の旧耐震基準で建設された分譲マンションは、2019年末の時点でも全国におよそ104万戸あると推計されています。

国が2018年に行ったアンケート調査では、旧耐震マンションで耐震診断を実施し、耐震性が不足していると判断されたにもかかわらず、「耐震改修」を実施したのは38%にとどまっています。

大手不動産会社などによりますと、理由としてあげられるのが、建物や設備などの「老朽化」です。

新しいものでも建設から40年以上がたって「老朽化」が避けられず、「耐震改修」をしても修繕費用などがかさんでそのマンションに住み続けることが難しくなるのです。

このため、最近はマンションの「建て替え」を検討するマンションも増えてきているということです。

しかし、国の調査では、去年4月の時点で、これまでに建て替えを行ったマンションは、新耐震のマンションも含めても全国で250件ほどで実際には「建て替え」に踏み切れていないのが現状です。

都市工学が専門で、マンション問題に詳しい東京大学の浅見泰司教授は「耐震改修や建て替えなどは、費用や合意形成など難しい面も多く、進んでいないのが現状だ。今後の日本では老朽化の進行も避けられず、耐震性が低いうえに老朽化が進むと大地震の際に倒壊して道路にも被害を及ぼすなど社会全体のリスクになる。それぞれのマンションに合った対策を進めていく必要がある」と話していました。

「建て替え」の選択も

旧耐震のマンションの中には「建て替え」を選択したところもあります。
耐震性が不足していると判断された福岡市中心部の築48年のマンションです。
現状のマンションの「耐震改修」ではなく、なぜ「建て替え」を決めたのか。大きな理由が建物の「老朽化」です。

「耐震改修」しても「老朽化」解決できない

このマンションでは数年前から、水道から出る赤い水に悩まされてきました。

鉄製の給水管が老朽化しさびてしまったためです。

マンションの管理組合の末政ヒロ子理事長は「5分くらいは赤い水が出る。飲み水や料理に使う場合は水道の水は使えず、専用の水を宅配してもらうしかなかった」と話していました。

排水管の老朽化も進み、1階では水が流れにくくなって逆流することもありました。

このマンションでは、給水管や排水管がコンクリートの中に入りこんだ構造のため、耐震改修や修繕だけでは根本的に解決できません。

「社会的老朽化」も

生活様式が異なる時代に建てられたマンションでは、部屋の構造や間取りも現代では住みにくくなる「社会的老朽化」も問題になりました。

例えば、床から天井やはりまでの高さが低いことがあげられます。

最近のマンションでは、はりの高さまで2メートル以上のものが多いということですが、このマンションでは、1メートル80センチほどの高さのため、圧迫感があり、窮屈に感じやすいということです。

これも構造自体の問題のため、耐震改修や修繕だけでは解決できない問題です。

建て替えを担当する旭化成不動産レジデンスの島寛治さんは「50年前は主流だった天井の高さも今は変わってきている。今の社会や生活様式に合わなくなる『社会的老朽化』が進んでしまっている」と話していました。

費用かかるも建て替え選択

このマンションでは「耐震改修」では解決しない「老朽化」の問題を考え、「建て替え」を選択しました。

新しいマンションに住む場合は費用の負担は大きくなりますが、「老朽化」の問題が解決され、マンションの資産価値が上がるほか、将来的にかかる修繕費も大きく抑えられます。

ただ、新しいマンションに再び住む場合は、少なくとも3年間は別の場所で仮住まいする必要があります。

管理組合の末政理事長は「高齢者の中には、はじめ建て替えたくないという人もいたが、老朽化は肌で感じていた。お金をかけてマンションを維持していくより建て替えた方がいいということになった」と話していました。

注目集める「リファイニング建築」

「耐震改修」だけでは老朽化の問題を解消できない。
しかし「建て替え」をする場合は費用負担や長期間そこに住めない課題が。

こうした中で、今注目を集めているのが、マンションを建て替えずに新築と同じ程度まで生まれ変わらせるという「リファイニング建築」です。

リファイニング建築とは

リファイニング建築は、マンションの基本的な構造は残したまま、耐震壁を設けたり、不要な構造物を取り除いて軽くすることで建物全体でバランスをとり、耐震性能を向上させる手法です。

一般的なマンションなどの耐震改修では、窓の近くの柱やはりに「ブレース」と呼ばれる鉄骨の補強材を取り付けますが、建物の見栄えが悪くなってしまうことがあります。

一方、リファイニング建築では基本的にブレースは使用せず、柱の周辺の一部に「耐震壁」と呼ばれる新たな壁を設置することで、地震の際の揺れをおさえます。

さらに、耐震性と関係のない重い壁などを取り除き、建物全体を軽量化します。

例えば、バルコニーに取り付けられたコンクリート製の構造物をガラス製に変えることで、建物全体の重さを減らすことができます。

リファイニング建築選択のマンションオーナー

実際に、この手法を選択したマンションがあります。

東京 新宿にある築49年の賃貸マンションでは、耐震性が足りず、オーナーの木村達央さんは一時は建て替えも検討しました。

しかし、建て替えた場合、3年ほどかかるということで、その間の家賃収入がなくなってしまうことから、建て替えに踏み切れずにいました。

さらに「耐震改修」の選択も考えましたが、見栄えが悪くなり入居者が減ることも課題に感じていました。

こうした中で選択したのが「リファイニング建築」でした。

この手法では建て替えの3分の1の1年ほどで工事を終えられるほか、費用も建て替えより3割ほど抑えられるということです。

木村さんは「建て替えたら数年は賃料収入ゼロになるし費用も含めて負担になるが、1年だったらしかたないと思えたので、この方法で耐震化しようと一歩を踏み出せた」と話していました。

リファイニング建築 可能性と課題は?

耐震性を向上させる新たな手法として注目される「リファイニング建築」。

第一人者の建築家の青木茂さんによると、この手法のノウハウはまだ全国的に広まっておらず、建物の構造や老朽化の進み具合、立地条件などによっては建て替えを選択するしかないなど課題もあるとしています。

そのうえで青木さんは「これまでは耐震改修か建て替えの2択しかなかったが、それ以外の選択肢もあることを知ってほしい。マンションに住む人や構造などによって、耐震化を進める方法は違うと思うので、リファイニング建築が選択肢の1つになれば、非常にうれしい」と話していました。

進まない「耐震診断」

課題を抱えるマンションの耐震化ですが、そもそも十分な耐震性があるか調べる「耐震診断」も進んでいないのが現状です。

2018年、国土交通省が全国の300余りの旧耐震マンションの管理組合を対象に行ったアンケート調査では、「耐震診断」を行ったマンションは34%にとどまり、多くのマンションで耐震性があるかどうかすら分かっていない実態があります。

こうした現状について東京大学の浅見泰司教授は「耐震診断を行って耐震性がないと分かった場合は不動産取り引きの際に説明する必要がある。耐震性がないと言われたら買う側もちゅうちょするし、価格にも影響する可能性があるので、できれば避けたいと考えるのではないか」と話していました。

さらに浅見教授は、国の法律で耐震診断が義務化されているのは病院や学校、ホテルといった公共性の高い建物などで、マンションは努力義務にとどまっている点についても指摘しています。

浅見教授は「マンションは民間のものであるし、不特定多数の人が使うわけではないといった理由から努力義務にとどまっている。しかし大地震で倒壊するようなことがあれば、住民だけで無く周辺の人たちにも大きな影響が出るおそれがあり、今後、法律を強化する方向になるのではないか」と話していました。