「インバウンド」。
このことばを聞くのは久しぶりに感じますが、6月10日、およそ2年ぶりに外国人観光客の入国が再開します。
20年ぶりの水準まで円安が進んだいま、インバウンドがどれほど日本経済に貢献するのでしょうか。
株式市場の動きから読み解いてみます。
(経済部記者 中野陽介)
かつてのにぎわい戻るか
コロナ前は日本全国がインバウンドブームに沸いていました。
東京・浅草の浅草寺や大阪・ミナミの道頓堀など多くの外国人観光客でにぎわっていました。
ドラッグストアでは中国から来た人たちが化粧品を大量に購入し、“爆買い”とも呼ばれていましたよね。
新型コロナウイルスの感染拡大で、水際対策が強化され、こうした光景は見られなくなったわけですが、政府は6月1日から入国者数の上限を1万人から2万人に引き上げました。
そして6月10日からはとうとう外国人観光客の入国が再開します。
株式市場はどうみる?
このインバウンド再開、株式市場はどう見ているのでしょうか。
起点を5月6日に置きました。
この前日5月5日、岸田総理大臣がイギリスでの講演で新型コロナの水際対策を緩和する方針を明らかにしたことで、「インバウンド関連銘柄」はいっせいに値上がりしました。
そこから6月2日までの株価の騰落率を比べてみました。
ドラッグストアを展開する「マツキヨココカラ&カンパニー」は14%、免税店事業を営む「ラオックス」に至っては45%も急騰しました。
ある市場関係者は次のように話します。
「円はいまやドルに対して、コロナ前より20%ほど安くなっている。
外国人観光客からすれば、あらゆる商品がはじめから20%オフのセールになっているようなもの。
身近な商品を扱うドラッグストアや免税店はインバウンドの恩恵を受けると市場が見ていることのあらわれだ」
大型株では恩恵は限定的?
一方、運輸関連を見てみましょう。
こちらのグラフは「ANAホールディングス」と「JR東海」です。
連休明けにも続く水際対策の緩和に関する具体的な報道などを受けて株価は上がっていますが、勢いは弱く、直近ではむしろ値下がりしています。
同じ「インバウンド関連銘柄」なのに、どうしてなのでしょうか。
市場関係者に取材するといくつもの理由が浮かび上がってきました。
「最大の要因は、外国人観光客の受け入れ上限が1日2万人と、コロナ前の7分の1の水準でしかないこと。
これでは、大手の業績に与える影響はごくわずかだ」
「ゼロコロナを掲げる中国で続く、帰国後の隔離措置がネックだ。
コロナ前のインバウンド需要の3割以上を占めていた中国からの観光客が戻らない限り、本格的な回復とはならない」
今回のインバウンド再開で小売りや中規模な企業には一定程度の恩恵は届くが、大企業にまで波及するには入国人数が少なすぎるというわけです。
また、中国人が旅行しづらいままだと経済波及効果は小さいとも見ているようです。
通貨高の国、アメリカやヨーロッパ諸国からの観光客はどうなのかと思ったらこんな分析を語る市場関係者がいました。
「燃料費の問題がある。原油高を反映し、国際線の運賃に上乗せされる燃油サーチャージは6月から大幅に値上げされている。
日本にいる間は円安で毎日がバーゲンセールかもしれないが、遠方からの観光客は、往復の航空運賃がネックになる」
原油高による燃油サーチャージ。
国際線にすっかり乗らなくなったので考えもしなかったマイナス材料でした。
潜在需要は大きい
一方、日本の観光資源の底力は高く評価されており、日本の“フルオープン”を心待ちにしている外国人の潜在需要が大きいことがうかがえます。
「世界経済フォーラム」が5月下旬に発表した観光競争力のランキングで、日本は2007年の調査開始以来初めて、1位になりました。
117の国と地域を対象にした調査で、2位のアメリカや、3位のスペイン、4位のフランスなどを抑えて堂々の1位。
交通インフラの利便性や、自然や文化などの豊かな観光資源、治安のよさなどが評価された結果だそうです。
市場はいつ反応するのか?
日本政府による入国人数の制限、外国政府の渡航制限、原油高、そして新型コロナ…。
乗り越えるべきハードルはたくさんあり、株式市場は、今回のインバウンド再開の経済効果をかなり現実的に、冷静に見ているようです。
その先にある観光の成長性に市場が反応するのはいつになるのか、少し気になりながら私は夏の旅先を紹介するWEBサイトをスクロールしています。
注目予定
注目は9日のヨーロッパ中央銀行の理事会です。
ユーロ圏でもインフレが加速し、5月の消費者物価指数の伸び率は8.1%と過去最大を更新しました。
7月にも金利の引き上げに踏み切るという見方が広がり、注目を集めています。
日本が外国人観光客の入国を再開する10日、アメリカでは消費者物価指数の発表があります。
4月は8か月ぶりに伸びが縮小しましたが、果たしてこれでピークアウトとなるのか、市場の関心が集まりそうです。